街づくりの法則 「1年目は「訪れたくなる店」を、2年目に「通いたくなるエリア」を、3年目に「泊まりたくなる場所」を!」

2021年11月1日月曜日

nonoHana 街づくり

 「1年目は「訪れたくなる店」を、2年目に「通いたくなるエリア」を、3年目に「泊まりたくなる場所」を!」

   割と著名な不動産プランナーのKさんが大教室のパワポで学生に提示した資料にはそのようなことが描かれていたと記憶しています。

 その時、紹介された彼女の手掛けた物件や、リノベーションによるまちづくりに、おおお!っと瞠目した私は、授業後の質疑応答に答えてから退席するKさんに駆け寄って、名刺を頂戴したのでした。

 Kさんが登壇したのは2018年、都内某所の大学のとある授業の1コマでした。特任講師の社会学者のUさんは稀にテレビにも出る社会学者というより出版クリエイターで、私の好きなジャーナリストのHさんのお友達。大教室授業を一般にも「ニセ学生、来ちゃっていいよ!教室はX号館、××教室で15時からね!」とツイッターで告知していて、週に1回午後の仕事のシフトを入れず、半年間、うん十年ぶりで偽学生として大学生に混じって彼の授業を聞きに行ってました。

 私のほかにリタイア組のおじさんや、他大学の学生 、高校生、純粋にUさんのファンもいれば、社会学部に行きたかったのに法学部に行ってしまって進路で悩んでる大学1年生とかいろんな人が来て、現役の学生よりみな真面目に授業を聞いていました。授業はメディア論で、メディアの歴史から未来、媒体の現在等を、前半授業、後半はゲストトークで、後日セクハラで#Metooで表舞台から屠られた某有名編集者から、現在参議院議員になった若手政治家や、大手ラジオや大手動画サイト会社の経営者など多彩な顔ぶれのゲストが登壇しました。

 

 特に滋賀大の経営陣に言いたいけれど学生の能力を飛躍的に上げたいならば、大学の授業を少ない負担で外部に開放しなさい。 

 私は大学時代のゼミに70を超えたおばあさんが来ていて、彼女はもちろん聴講料を払ってきていたのだけれど、外部から来た人が真剣に授業を聞いている様には打たれました。彼女はゼミ合宿に参加したり、学生を呼んで食事会を開催したり、私の大学時代の記憶にしっかり焼き付いています。学問は苦行ではない、愉しみなのだと。

 管理や警備が難しいとか、学生から苦情が出るとかあるかもしれないけれど、目的を学生の能力の伸長に置くならば、公開授業はそれなりに学生を刺激すると私は思います。Uさんは律義に毎授業後1時間くらい、学生のお悩み相談のようなアフタートークの残業授業をしてくれていたけれど、そういう講師が教室に風穴を開けると、学生が自分から外に手を伸ばすきっかけになるのです。

 

 日本の高等教育のまずいところは 、象牙の塔(監獄?)に学生を閉じ込めて、座学で教えること。黒石健太郎『渋谷で教える起業先生』という名著にこう書いてある。 

「受験と同じで起業も才能ではない。目的があれば必然的に(起業の)種だっておのずと見つかるはず。重要なのはやろうと思い込み、早くから始めること。」

 実際に何らかの商売をしている事業者様は、当然ご存じでしょうけど、必要があれば人は自分から調べたり相談したり、必死でアイデアを出したりするんです。もちろん、くそみたいなアイデアもあるけどさ、そこに金と生死がかかってくれば自然、人間は必死になります。どちらが知識の定着率が高いか、言うまでもありません。 

 滋賀大が産学共同で市内商業の活性化を目指すプランがあると聞いていますが、極力学生の裁量に任せ、放り出してください。学校お抱えと、自己責任と2パターン用意して、後者に大きなリターンをつけると、学生によっては起業の魅力を感じてくれるでしょう。大きな商売じゃなくていい。今あるリソースを上手に活用してビジネスをするのはショボテンの矢口さんとか、いろんな起業例があります。

 黒石さんが言ってます。学生起業は何一つ損がない。失敗してもその経験を就職活動で企業がいい値段で買ってくれると。やって損はありません。

 

 さて、Kさんの名刺をいただいた理由はもう一つあります。彼女の出身は京都ですが、滋賀県立大学の工学部を卒業して不動産業界に身を投じ、お住まいが京都だったのです。この方は彦根に愛着があるかもしれない。名刺をいただきに行ったのは、もしかしてご縁があるかも、とほとんど本能的に考えたからでした。

 そのころはnonoHanaの、のの字もなかったのですが、昨年、弊社のテナントが相次いで退出することが決まったことから、私の頭にKさんに連絡してみようかという気持ちがむくむくともたげてきました。連絡をしてお会いしたのは昨年の猛暑の午後でした。

 一緒に県大出身の建築士のMさんが同伴。こういうことを考えても、地域にきちんと高等教育を担う大学があるって本当に 大事なことだなと思う。タイミングがあればジモトに恩返しをと、考えてくださったりするわけですから。学生育てて損はない!

 

 その後、プランナー、アドバイザーとして、約半年伴走いただき、今春円満にそのチームは解散いたしました。彼女からいただいたプランを採用しなかった大きな理由は、管理も含めた提案なのに管理者が遠方にいては難しいこと。また、小規模事業者を集める案で、そもそも彦根で集まるのか、竣工後のテナント管理が家族事業者には難しいよねって、ことでした。

 ただ実際的な話をすれば、うちが隣地に居を構える会社であれば、小さな事業者がたくさん集まった商業集積のほうが魅力がある可能性はありました。

 例えば、アジアや沖縄だと、倉庫をそのまま青空市のように区画貸しする商業集積があります。(オタクのメッカ、コミックマーケットのテーブル貸しと言った方が分かる方がいるかも。農家に声かけて定期的に開催する朝市なら理想的。)

 賃料単価を調べたことはありませんが、そこらのおばあが出店しているのでかなり安いのでしょう。そういう商業形態もかなり魅力的なので、今後倉庫を最低限の改修で高い付加価値を付けて貸したいなら、手間はかかるが、テーブルひとつで月2万取れるなら、賃料の高い貸し方だと思います。もちろんテナントをどう集めるかという方法を考える必要はありますが。

 どなたか百貨の並びで検討していただくと南彦根の魅力増進に貢献すると思います。うまくやればビバからテナントが奪えます。w

 実際、テナントショップのHさんによると、今は専有面積の狭い、入居も撤退も手早い物件が人気なのだとか。 事業者の気持ちがわかります。ランニングコストは安く、損切は早く。

 でも、結局お断りして、今の座組みで、現在、ブログの巻頭にあるような図面で計画を進めています。

 

 しかし、うちとのご縁はともかく、Kさんがご著書で書いていることは非常に正しいと私は思っています。

  1年目は、まずはこの一つ目の物件を何とか活用し小商いを軌道に乗せる。
 2年目は隣や向かいの物件に着手し、点でなく線で魅力を伝える。
 3年目には宿泊施設を作り、滞在時間を増やす。
 4年目:物件が複数出来、面で魅力が増すときっと他の所有者からも相談がある。
 5年が経つ頃には私たちを経由しなくても契約が成立し、自発的に小商いが増えてくる。…本当に5年で、ここまで行けたらすばらしいことだが、たとえ時間がかかったとしても皆が共有できる道筋があるのとないのとでは大きく違う。成熟した街になるには一足飛びではなくその街ごとのプロセスがあると思っている 

 街をつくるなら1か所では足りない。かといって、大手でなければなかなか「面」での開発は難しいと思います。


 余談ですが、Jフロントリテーリング(大丸・松坂屋)が神戸店をリニューアルしたときの手順は大手ながらこのセオリーに則ったものです。現地に行かない又聞きですが、大丸神戸店は当初旧居留地にポツンとあった百貨店だったそうですが、 周辺の古い建造物を借り上げ、或いは保証人として抑えて、お付き合いのあるハイブランドに入居を促した。結果として、その町全体が、大丸と関係なく集客できる商業地に生まれ変わったと聞きます。 

 南彦根にも応用できるとは思いませんか?

 街をつくるには1つの「点」だけでは活性化しない。でも、「面」で抑えるには知恵がいるし、ここに物件を作れば人が集まると思わせる仕掛けがいるのです。南彦根にはすでにビバという「面」がありますが、現在は塀で仕切られたテーマパークのようなものです。

 それをどう外に広げていくか。考えたいです。ビバだけではだめだし、nonoHanaだけでもだめ。 

 南彦根は観光地ではなく内需向けの商業地なので、宿泊施設は考えなくてよいかと思いますが、今はビバに集中している消費を、あの「温室」から引っ張り出すには、弊社をはじめ、ならびの旧百貨卸協同組合の会社いくつかにルビコンの川を渡っていただく必要があると思うのです。

 街づくりについてはまた稿を変えて書こうかなと思っています。本日はここまで。


 追記) 

 衆院選が野党惨敗の無残な結果に終わり、結構ショックを受けています。

ほんとうに消費税5%を熱望してたよ。あれだけ、小規模事業者を殺す税制は無いのに、なんで自公に投票するかなあ。 

 これからの10年はなかなか大変そうですが、与党がいう「インバウンド」は今後の商況で一切期待してはいけません。観光業が国内頼みになるので夢京橋辺りは結構大変な事態になりそうですが、インバウンドに頼らず、内需できっちりお金を回していく。それを彦根市の事業者はしっかり考えて事業計画をするべきなのです。